澤田一範 with Strings

1999年5月3日、藤沢市民会館で行われた、故・宇山恭平(guitar)さんがリーダーのバンド、The Bird Watchers の第15回目のコンサートでやらせていただいたのが始まりでした。

このThe Bird Watchers(ザ・バードウォッチャーズ)というバンド、知らないという方が多いと思いますが、神奈川県の湘南地域のJAZZファンの方々にはお馴染みのバンドではないでしょうか


宇山さんが生前書かれた本『視点を変えたジャズレコードガイド ”こんな聴き方はど〜を”』という回想記の中の、著者のバンド経歴で、このバンド結成について書かれてます (現在は ”湘南ボスギターのジャズCDぶった切り”というタイトルでこちらから購入できるようです


『1984年、私はトランペットの村田浩さんに協力してもらい、ホールでのコンサート活動を目指して、「 ザ・バードウォッチャーズ 」を編成した。70年代に大流行した「フュージョン」は、チャーリー・パーカーを敬愛する二人にとって、何の関心も持ち得なかった。”ドッチー・バカチー・バカチー・バカチー” ”ウドント・カケソバ・バカチー・バカチー”のリズムには、あきあきしていた。』

結成当時のメンバーは、菊地秀行(as) 村田浩(tp) 袴塚淳(p) 小津昌彦(ds)

第1回コンサートは平塚の農業会館だったそうです。ぼくも、菊地のヒデさんがまだ生きておられた時に参加させていただいたことがあります。


そして、第15回目のコンサート、 バードウォッチャーズ・ジャズ・コンサートとなってますが、なぜかこの時は、澤田一範クインテットでの出演でした。第7回からビッグバンドになったりとか、宇山さんは年に1回のこのコンサートを、いろいろアイディアを出し、どうしたら多くのお客さんに聴きに来ていただけるかを考えてました。大変苦労してました。

このコンサートは、『チャリー・パーカー物語』と題して、パーカーの歴史を、ナレーション付きで演奏していく、といった構成になったステージでした。

宇山さんは、この企画を決めた時に僕に相談してきました。ナレーション用の原稿には、パーカーの生い立ちから始まり、時代を追いながら曲目が書かれてありました。


「・・・・・・・レスター・ヤングは、チャーリーのアイドルでした。彼はいつも出演していたリノクラブへ通い、裏口からこっそり二階のバルコニーへ上がってレスターの演奏に耳をすましていたそうです。それでは今夜の第一曲目は、”レスター リープス イン”」と、こんな感じで物語が進んでいきます。

そして1949年の辺り

「・・・・・・つぎは最初のヨーロッパ旅行から帰ってすぐ作ったレコード、『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』の中から”エイプリル・イン・パリ”、”ジャスト・フレンド”・・・・・」


僕は宇山さんに提案しました「宇山さん、”Charlie Parker with Strings” の曲もやるんでしたら、ストリングス・セクションも入れてやったらどうですか?」

提案してみたものの、少ない予算の中で毎年やりくりしてるのを知ってるだけに、余計なこと言っちゃったかな、と思いました。演奏者が増えればその分、予算を組み直さなければいけない訳で。それどころか宇山さんは「それは良い考えだ!澤田さん(宇山さんは、必ず、年下でもどんな人でも、さん付けで言ってました)・・それで行こう」これが澤田一範 with Strings の始まりでした。


6年後の2005年、1999年のコンサートに聴きに来ていた、故・辻バードさん(日本チャーリー・パーカー協会会長)から電話をいただき、辻さんが企画された、チャーリーパーカーを偲ぶ没後50年のコンサート「Bird50」への出演依頼があり、当時新橋にあった SOMEDAY でのコンサートへ、前回はカルテットだったストリングス・セクションを5人に、それにオーボエを加えた10人編成に再編した澤田一範 with Strings で出演させていただきました。


そして、この SOMEDAY の演奏を聴いていた、マスターの森さんから依頼があり、現在も定期的に出演させていただいてます。

 

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